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第一〇章 「妹の手記 その四」  

 
 
 その後の数日は、姉がリストにした売り物になるかも知れない瀬戸物類を母屋に運び、ネットでその名前を調べて、有名な人かどうかを調べて過ごしました。幸い、半数くらいは名のある作家の作品らしく、中には江戸時代初期の品物もあるようでしたが、姉が言うには、箱書きは昔の鑑定士が書いたものであんまり当てにはならないけど、鑑定士も有名な人だったら大丈夫かな、ということでした。それで、明るい縁側にシーツを敷いて、そこに箱と瀬戸物をおいて、オークション用の写真を撮ったりしていました。姉は凝り性で、写真撮影も得意にしていたのです。
 
 わたしがふと、「姉さんは土蔵で、あの刀は祐定って言ってたけど、あれも高く売れるのかな?」と尋ねると、姉はちょっと間をおいて、「本物だったらね。でも、あの刀には、登録証がついていないの。ということは、警察に発見届けを出さなければならないし、それに、高く売ろうと思ったら、それなりの機関から鑑定書を出してもらわないとダメなのよ。それには時間とお金が沢山かかるわ……。それにわたしは、あの箪笥の中のものが何なのか、ちょっと興味があるの。それを調べてからでも遅くはないでしょ?」と答え、その後は、二人の間で刀が話題になることはありませんでした。
 
 数日でオークションに出す品物の準備が終わり、試しにその一つを出品してみると、それはお点前で使う茶碗だったのですが、四十万ほどの値段がついて、わたしたちはホッと一安心することができました。全部で九七点もありましたので、一月に一つ出品するだけでも、当分はちゃんとした暮らしができる計算になります。あまり一度に出すのも、足元を見られそうでためらわれましたから、最初に五つほどを売って、その代金を持ってわたしが東京に戻る、ということになったのですが、姉さんも一緒に……と頼んでも、なぜかその頃には、姉には東京に帰るつもりが全然なくなってしまったていたようで、ちょっと不思議な気持ちがしたことでした。
 
 わたしはその後、姉の言うとおりに東京に戻り、郊外に安いアパートを探してそこで独り暮らしを始めました。大切なお金ですから贅沢なんてできなくて、夜は居酒屋でアルバイトをしたりして、以前のように楽な暮らしではありませんでしたが、大学でお友達に再会できたことで、また以前のような気分が戻ってきたのはうれしいことでした。そのまま一二月の半ばを迎え、わたしは一六日に電車に揺られて姉のところに戻ったのです。

 初冬の地方都市は、東京に暮らしていたわたしにとって、やはりとても寂しい感じがして、迎えに来るという姉を待っている時には、身体の心から凍りそうな気分になってしまいました。東京にいるときも姉が出品している品物は時折チェックしていたのですが、あれからも順調のようで、一二月に入ってからも香炉が一つ七〇万ほどで落札されていましたから、姉もそれなりに暮らして行けているとは思っていましたけれど、赤い小さな軽自動車がロータリーに入ってくるとわたしの前に止まり、中から姉が手を振った時には、やっぱり少し驚いたことでした。

 
 「あれ、姉さん! 車買ったの?」
 「そうよ、田舎だから、スーパーに行くのにもバスだったでしょ。中古で四〇万だったし。」
 
 わたしを出迎えて車から降りた姉は、黒い薄手のスェーターに包まれた身体の線が、以前より少し引き締まった感じがして、その涼しい目元はキラキラと輝いていて、何かとても幸せそうで、こんな田舎で彼氏でもできたのかしら、と思うほどでした。
 
 その姉の運転する車の中で、東京であったこと、ここであったことなどを楽しく語り合いながら田舎道を進んで行き、ふと気づくと、実家とは違う方向に姉が車を向けているのがわかりました。それで、道が違っているんじゃない? と聞くと、姉は、
 
 「ここを三〇分くらい行くと、うちの本家があったところに出て、そこには神社の跡が残っているはずなの。この車は一昨日届いたばかりで、わたしも未だその跡地を見ていないから、ついでに……って。」
 
 と答えたのですが、その後は慣れない運転に集中してか言葉少なで、わたしは長旅の疲れもあって、そのまま助手席で少しうたた寝をしてしまったのでした。
 
 「着いたよ?」という姉の言葉に目を覚まして車の窓から外を見ると、そこは鬱蒼と茂った林の中の小道で、周囲には民家もなく、なにか怖いような感じがしました。それで、ぐずぐずと車内にとどまっていると、姉はさっさと降りたって、すたすたと小道の奥へと進んで行きます。慌てて降りると、車は丁度、苔生した大きな石の鳥居の下に停めてあって、そこから続く石畳の道はすぐに階段になっていて、姉はもうその階段に脚をかけてわたしを待っているのが見えました。慌てて小走りで、姉に追いつきます。
 
 「この上に、神社の跡と昔の家の敷地があるらしいの。この土地も登記上は、わたしと麗ちゃんのものなんだって。」
 
 という姉の言葉を聞きながら、二〇段ほどの石段を登り詰めると、そこは小高い丘の上で、雑草や低木が生い茂った平らな場所でした。もう霜でもおりたのでしょう、茶色く枯れた草を踏みしだきながら姉は礎石の跡などを確認しているようでしたが、膝まで届くような枯れ草に邪魔されて、どうやら諦めたようでした。それから二人で、家が建っていたと思われる場所を探したのですが、こちらもほとんど成果はありません。唯一残っていたのは、ほとんど土に帰ったように見える土蔵の跡で、一メートルくらいの高さの土砂の間から白壁の破片がいくつか見えていました。
 

 熱心に見て回る姉について行けず、わたしはその後は石段に腰掛けてぼんやりとしていたのですけれども、やがて姉も満足したらしく、生い茂った草の中に静かに立ったまま空を仰いでいるようでした。夕暮れの空を背景にして、折しも吹き始めた風に長く素直な髪を微かにそよがせながら立つ姉のシルエットは、わたしが知っている姉ではなく、何か古代の尊い女性のそれであるように感じられて、わたしはハッと息を呑みました。

 そして、きっと気のせいだったと思うのですが、神社の敷地一面から、微かな光の玉が無数に湧き出して姉のシルエットに吸い込まれ、そして、姉のその細い身体から青白い光のようなものが漂い出たと思うと、一筋の光となって空へ伸びていったようにも見えて、その奇妙な感じにわたしは、そっと身震いしていたのでした。