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第一一章 「松の日記 その四」  

 
 
一二月一七日 曇
 目覚めし時既に腹に萌しており、底冷えの中朝餉も摂らずに暫し手習う。朝の光に手習いの台しげしげ見れば、露を含みし下帯にて磨られたか、その表まるで鏡の如し。独り赤面す。入浴後午睡。
 目覚めて後、先日想った晦日の件を思案する。ご神体の背後に座すれば、参拝に訪れる氏子衆との距離は一間程か。もとより願いを口にする人少なく、距離もあれば、吾が耳にて聞き取れるとも思えず。であれば、ご神体の後ろにて腹あらわし、吾が腹に氏子衆の思念を孕み、その腹を割くことにより吾が腸と共に天に願いを迸らすべき、と思う。結論を得て烈しく萌し、夕刻から座敷にて腹あらわしてご神体の後ろに座す姿を習う。神域にて音立て露見するはやはり避けたく、息荒げつつひたすら腹を押し出し続く。冷え込みきつし夜にあっても身体燃え、寒さ感じず。今はただひたすらにこの腹を割きたし。
 
一二月一八日 雨
 月の障り来たり手習いもかなわず、終日寝所にて休む。昨夜腹を冷やしたか、腹痛甚だし。
 手持ち無沙汰にて、辞世の句を捻りて時を過ごす。

 

 指先で臍窩探らば腰悶え 腸はうねりて割腹を乞う

 
一二月一九日 雨
 朝より寝所にて読書して過ごす。土蔵にて見つけたる艶本を読み散らす。中に一枚春画あり、その男の陽根のあまりに巨大なるに驚く。男女の交合には微塵も興味なくもとより男も知らぬが、もし吾に陽根備わりおれば、腹の時にはいかばかり勇ましからんと思うと瞬時に逆上し、煩悶しつつ夜を迎える。
 
一二月二四日 晴
 神域に屏風を運び込む。表の金を前に向け、裏に向かいて座す形とする。さすがに不敬と思えども、今は思いとどまる術もなし。晦日に向けて境内を掃き清める。
 夕刻より座敷にて腰掛けに座し、腹くつろげて姿勢を正し、ただただ無心に腸にて氏子衆の声聴く構えを習う。無心にあっても腹は燃え、真冬にあっても胸乳に汗浮く。仕舞いに腹の型をとって果て、施錠して家に戻る。
 
一二月二五日 雪
 西洋の習いで今日はクリスマスとか。親族や友人間で贈り物を交換すると聞く。この地方には知る人未だ少なきも、最後の機会とて先日街で求めた小物をいくつか包みて人力車にて分家へ。昼を馳走になる。
 
一二月二六日 曇
 終日衣装を仕立てる。
 
一二月三〇日 雪
 振袖も仕立て上がり、香含ませて箪笥に納める。晦日の装束は露見せし場合に言い繕いたく巫女姿。特に今年は忌中にて神域に氏子上がるわけもなけれど、思わず声漏らして不審がられる恐れもありかと思えばなり。あるいは自失して屏風倒せば肌入れる暇も余裕もなかれども、その時は腹切る覚悟を定めおり。
 あるいは明日腹を割くと思えば、忽ち身も心も燃え上がり、烈しき武者震いに吾ながら驚く。その場に居直り嬉々として腹表す吾は、既に腹への道を究めつつあり。
 夜、明日を思いて腹を手習う。果てて後、明日持参する祐定、三宝等々準備して、早々に寝付く。