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第一二章 「姉の日記 その四」  

 
 
九月一六日
 
 父が破産し、麗ちゃんと一緒に逃げるようにここに来てから、もう二ヶ月が過ぎた。慌ただしい日々で、日記をつける時間も、余裕もわたしにはなかった。
 
 父から突然、事業が失敗し、東京の実家も人手に渡ると聞かされたのは、あの二度目の手習いの半年後のこと。身の回りの品々と衣服だけを持ち出すことが許されただけだったから、せっかく集めた大きな姿見や屏風などといったものは置いてこなければならなかった。カメラやビデオの機材は差し押さえを受けてしまったけれど、わたしの秘密が写った写真やテープはなんとか大丈夫だった。慌ただしい引っ越しだったから、わたしのことが知れてしまうようなものが東京の家に残っていなければ良いのだけれど……。
 
 このことを割合と平静に受け止めることができたのは、あの最後の手習いのお陰で、わたしがこれから歩むべき道に確信を持つことができていたから……だと思う。でも麗ちゃんは、可哀想に取り乱してしまっていた−−−この一ヶ月ほどは、少し落ち着いて来たけれど。
 
 先週見つけた骨董を売ったお金で、麗ちゃんを大学に戻すことができるのは本当に幸いだった。こんな田舎では暇つぶしの手段もないし、それに麗ちゃんがいたら、悪いけど、やはり邪魔だから。
 
 あれから毎晩、麗ちゃんが寝付いた後で、松さんの日記を読んでみた。わたしはやはり、突然変異的にこの世界に存在しているのではなかったのだ! この、母の実家に何百年も伝わってきた大きな流れを、わたしは引きついているのだ−−−そう思うと、誇りに思う気持ちを、どうしても抑えることができないでいる。
 
 それにしても、松という人は、なんて幸せな人だったのだろう! 手記は、割腹の前日までのものしか残されていないし、遺書もありきたりのものだった−−−公になるものだから、仕方ないのだけれども。時間に余裕ができたら、図書館で当時の新聞を調べてみよう。
 
 あの箪笥には、松の日記だけではなくて、室町時代の千代さんの時代の文書も残っている。一番古いものは、千代さんが自ら書き写した古文書で、そこには色々な神事の次第が記されているみたい。これは麗ちゃんが来週頭に上京した後で、ゆっくりと読んでみよう。
 
 

九月二四日

 わたしの母の本家は、平安時代に建立された神社の神職としてこの地に来た、ということらしい。それ以前は出雲の国に住んでいたようだが、千代の頃にはその当時の記録はもう失われていたようだ。そして、それから大正時代に到るまで、この地の鎮護の要として神社を受け継いで来たらしいが、その本家は、大正の末に松が割腹自決したことにより血筋が絶えた。その後ちょっと中断があって、昭和のはじめに分家の者(わたしの祖父)が宮司となって後を継ぎ、第二次世界大戦中の国家神道の流れもあって再び栄えたみたいだけれど、敗戦と同じ頃に祖父が若くして病没し、祖母と母だけとなったこともあって、跡継ぎのない神社は寂れる一方だったという。その後程なく、神社と本家は落雷(?)で消失したと聞いた。
 
 千代が書き写した一番古いらしい文書には、この家の女がなぜ腹を切るのか、その理由が書いてあった。

 この家は、女の子が何人か産まれて、でも、世継ぎの男の子がなかった時、ある儀式を行っていたらしい。それは大昔の祖先の精霊が宿っていると信じられてきた丸薬を、長女がまだ処女の時にその体内に入れて血統の存続を祈る、という儀式だった。つまり、先祖の種を借りて男の子を産み、それでより濃い血を残そうとしたのだろう。意訳すれば、こんな感じ。

 その代に女児が一人しか生まれなかった場合には、婿を迎えること。しかし、二人以上の女子が生まれた場合、その長女が適齢期を迎え、身体的に成熟し、儀式に臨む心構えができたと思われた時、祖先の命を迎え入れる儀式を行うこと。身ごもるにもっとも相応しい日取りを選ぶこと。初夜を迎える女の如くに身を清め、化粧し、香を焚き、妹と共に神域に入ること。
 
 床には新しい布団を敷き、その上に伝家の器具を組み合わせ、直立した棒の先端に鼈甲で形作られた男性器を象った張り子を接ぐこと。張り子の上端の小さな窪みに先祖代々受け継がれてきた丸薬を−−−祖先の精霊を−−−はめ込むこと。
 
 女は、気が高ぶり、身体が器具を迎え入れる準備ができるまで待ち、そして、装束を脱ぎ捨てて裸身となり、自らの手でその張り子を秘処にあてがい、自らの意志と身体の重みとで処女を破ること。
 
 次いで少なくとも半刻、腰を上下させつつ丸薬が溶けるのを待ち、最後は必ず頂きに駆け昇って後、体内から器具を抜くこと。介添え役の妹は、丸薬がすべて溶けていることを確かめた後、姉の股間に下帯をきつく締め込み、姉は一夜を仰臥して過ごすこと。
 
 十月十日の後無事男児を出産したらその子は世継ぎとして育てること。女児が生まれた場合、その子を世継ぎとして婿を迎えること。
 
 しかし、交合の後に月の徴を見たならば、女は家督を妹に譲り、短刀の鞘に自らの名前を記し、十月十日を迎えた日、家の存続と繁栄とを祈って自らの手で腹を割くこと。

 今から考えると、それで妊娠することは不可能なはずなのだけれども、千代が書き残していることには、何人かは本当にその儀式で男の子を産んだという。そうでない場合には、次女が婿を迎えて血筋を残した。あの箪笥に入っていた色々な薬や器具は、その儀式のためのものなのだ。

 松もこの文書を読み、腹を切ることになることを承知の上で、いいえ、そうであったからこそ、嬉々としてその儀式を自らの身体に施したのだ。妹は生後間もなく世を去っていて、本当ならば、自分が婿をとって家を継がねばならないというのに……。 

 でも、わたしには妹がいる。麗ちゃんがいる。