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第一五章 「姉の日記 その五」  

 

10月27日

  松さんの日記は、まだ終わりまで読んでいない。わたし自身のことを書いてあるようで、急いで結末まで読むのが怖いから……。それに、松さんの言葉に影響され過ぎる−−−というのも、やはり、違う意味で怖いから。

 でも、もう既に、わたしの生活は、松さんの日記をなぞっているかのようだ。起床してからすぐにお風呂を使い、神前に額ずいて本願の成就を祈る。お昼にかけての手習い。松さんの使っていた台を腰の下に敷いて、飽きることなく腹を手習ってしまう。きちんと下帯をしめているんだけど、わたしの体液が松さんの台を、再び鏡のように磨き立てようとしている。

 オークションで、大皿が一つ50万で売れたとき、そのお金を持って刀の研ぎ師を訪ねた。古い鞘は見せたくないので、抜き身を布で包んでいった。親切な初老の職人さんで、発見届けも警察に出してくれる、と言う。最上研磨で30万、古い白鞘は少しガタが来ていたから、残りのお金で白鞘を新調して、手入れ道具も買った。松さんの日記と同じように、店主から、「日本美術刀剣保存協会の鑑定に出したら、重要は行くよ」と勧められたのは可笑しかった。松さんの日記に出てきたお店なのかな。さすがに、「寝刃を起こしておいて」、とは頼めなかったけど。

 一月ほどかかったけど、昨日、研ぎ上がったという電話があった。受け取りに街まで出かけた。研ぐことで、刀身の曇りと一緒に、松さんの肉体の最後の名残を消してしまうことになる……と思うと、少し罪悪感のようなものを覚えていたのだけど、家に帰って衣装をあらため、神前でこの刀と対峙したときには、そんなことはもうすっかりと忘れてしまっていて、自分の腹を割くことになる短刀に魅入られてしまっていた。

 長刀直造の、幅広の刀身。鋭く反った鋭利な切っ先。のたうつような大きな刃紋。女の切腹には似つかわしくない禍々しい姿かも知れないけど、腹十文字の壮絶な割腹にはこういう刀こそ相応しいのよ、なんて思ってしまう。東京にいた頃は、何度も何度も東博や刀剣美術館に通ったけれども、わたしはこれ以上に美しい短刀を知らない。

 夜を迎えて室内が暗くなり、刀の輪郭が朧にしか見えなくなるまで、捧げ持つようにした短刀と向かい合っていた。

 松さんの日記を読むまでもなく、わたしのお臍はもう、刃の味を知ってしまっている。東京に住んでいた頃の手習いは、最後は必ず、外科用のメスでお臍を虐めて果てていたくらいだもの。そこだけで達することができるくらいに敏感なお臍が、この刀を味わったらどうなるだろう……と考えると、やっぱりもう我慢できない。

 今夜は、この刀を使っての初めての手習い。わたしの血を少しだけ、この刀に吸わせてあげることになるだろう。

 

10月29日

 悪い癖なんだけど、わたしは、快楽をもっと貪るためなら、どんな危ないことでも躊躇ったりできない。お臍に刀を入れること自体が、やはり危ないことだとわかっていても、踏みとどまることなんて無理。一昨日はその上、ぜんぜんその予定がなかったのに、日記帳を閉じてから、ふと、東京で手に入れたクスリをもう一度使ったら……なんて思いついてしまった。その途端、もう、そのことしか考えられない。10枚のシートだから、後9枚も残っているのよね……。

 どうなってしまうのかわからないほどに昂っていたから、一応、正式な衣装と舞台で臨むことにした。奥の座敷、神棚の前に大きな姿見を据え、後ろには土蔵から見つけた金屏風を引き回した。居間から外してきた畳を一枚、シーツで包んで鏡の前に据えた。新しい三宝の上に利休懐紙を数枚敷いて、鞘から出して柄も外した短刀を載せた。白磁の香炉に白檀の香を焚いた。洗い髪は後ろに束ね、丁寧にお化粧した。死化粧を意識して頬紅を掃き、唇にはくっきりと紅をさした。

 下帯をきつく締め込み、白足袋に白木綿の長襦袢、白絹の大振袖を着込んで、その上から水浅葱の裃をまとった。それから舌下に紙片を含み、夜の10時に切腹の席に着いた。

 不思議なことに今回は、すべてを思い出すことができる……。ただ、思い起こすことのできる映像は、鏡に相対していた「わたし」の視線からのものではなかった。自分の上から、真横から、そして時には背後から、映画の特撮みたいに、わたしの視点はわたしを巡って滑らかに移動していた。でも、少しも不思議な感じはしなかった。

 ……30分も経たないうちに、鏡の中のわたしは、眩しいほどの蒼いオーラを全身から立ちのぼらせていた。そんな自分の姿に向かい合って端座しているわたしは、臍下丹田の頼もしい充実感、力の満ちる感覚に満足しながら、やがて、ゆっくりと太腿を大きく開いて、傍らから松さんの台を取り上げると、腰の下に差し込んで上体を立てた。自分のことで恥ずかしいんだけど、斜め後ろから見た、女を感じさせる腰と袴に包まれた太腿のラインと死に装束との対比が、ゾクゾクするほど格好良かった。

 しっとりと夜露を含んだ下帯が、松さんの台とわたしの身体に挟まれて、袴に恥ずかしい染みを作ったのがわかった。

 視線を落とし、三宝の上の短刀を見ているわたし。この時始めて、この短刀からも淡いオーラが漂いだしていることに気づいた。わたしのオーラは蒼く冷たい感じなんだけど、この刀のそれは、血のように紅かった。わたしのそれは、上の方に立ちのぼって天井に消えているけど、刀のそれは重さがあるかのように、三宝の上から溢れて畳に吸い込まれていた。

 しばらく瞑目していたわたしが、パッと双眸を見開き、きびしい表情になった。いつも優しく穏やかなはずのわたしの表情も、真横から見ると、悽愴であると同時に何かに向けて貪欲な色を隠していなかった。深呼吸の度に覗く白い歯も、健気と言うよりは淫らで−−−真横からわたし自身を覗き込んでいたわたしには、そのように見えた。

 袴の横紐をゆるめ、太腿の付け根の高さで結び直している。

 肩衣を片方ずつ外して、後ろに跳ね上げる。

 振袖のしごきを解いて、傍らに置く。

 一呼吸してから、胸元のところで襟に両手を添え、下の襦袢ごと帯まで押し降ろす。

 グイッと激しく、腹を大きく、くつろげる。

 白い乳房と鳩尾が露わになって、お臍の上端が覗いた。それから、袴の帯際に両手の親指を差し込み、伸び上がりざまにぐっと押し下げ、お臍と下腹を剥き出していた。

 そして、その一瞬の後、わたしは惑乱の極みにあった。

 ……そのとき、それだけでもう、わたしは烈しく果ててしまっていた。忘我の内に大仰に身悶えて、鏡の中の自らの嬌態を横目で見据えながら、わたしは何度も何度も、身体全体を踊るように痙攣させ、口元を大きく喘がせながら激しく果ててしまっていたのだ。

 それからのことは、夢の中の出来事だった。

 勇ましく両肌脱ぎになって、それでも足りずに下帯一つの姿になってしまって、切っ先三寸を巻き残した短刀を握りしめた利き腕を太腿の上に休ませながら、右手でお腹を撫でている、わたし。

 掌をお臍の下にあてただけで、切ない感じが腰の奥深くから噴き上がってくる。揃えた指で臍下をさすると、武者震いで身体中が戦慄いてしまう。

 お臍にそっと人差し指を差し込むと、あっけないほど簡単に絶頂に駆け上がる。そのたびに、鏡の中のわたしのオーラはフラッシュのようにきらめいて、わたしの網膜に残像を残してゆく。短刀の紅いオーラは、わたしの絶頂と同期しているかのように脈打って、わたしはその脈動を熱として左の掌に感じ続ける。

 もう、充分すぎるほど昂ぶった、と思った。これ以上は未練よ、と自分を戒めた。大きく呼気に旨を喘がせてから、短刀を前に廻した。短刀の紅いオーラが、すっとわたしの臍下を横切った。

 伸び上がるような姿勢だから、お臍も縦長に伸張してる。右手の指先をお臍の右脇に添えて横に引き、お臍の奥をくつろげるようにした。注意深く切っ先を導いて、お臍の奥深く、一番奥の平らなところに当たるように構えた。もちろん、本当に突っ込むことを覚悟していたから、お臍は石鹸で念入りに洗ってあるし、先ほどもアルコールで清拭した。短刀の切っ先も、三寸のところまでアルコールで丁寧に拭ってある。もちろん、そんなに深く入れるつもりはなかった−−−手心を加えるつもりはなかったけれど、幅広い短刀だから5ミリも入ったら上出来だろう、と思っていた。

 お臍の奥に切っ先が触れると、それだけでもう、姫所から乳首にかけて電流のようなものが走った。充実しきったお腹を、更にグイッと押し出した。冷たいほどの興奮が全身を走り抜け、わたしは、汗ばんだ両手でしっかりと刀を握り直す。そして……。

 次の瞬間、わたしは、短刀を握った両手を、躊躇うこともできずに、お臍に向けて激しく引きつけてしまっていた。

 冷たい切っ先が、お臍の奥の堅いお肉を貫いた。プツッ、という微かな音が耳に届き、鏡の中のわたしのお腹が微かに揺れると、わたしのお臍は、あっけなく切っ先をすべて、飲み込んでしまっていた。

 わたしはその瞬間、歯を食いしばりながら激しく果てた。大きく仰け反って、声にならない叫びを喉から迸らせながら、わたしは果てた。いつまでも果て続けた。瞬く間に胸乳に汗が浮き出して、脇の下から肘まで冷たい汗がつたって滴った。わたしは、紛れもない淫らさを表情に浮かべつつ、白い歯を覗かせて喘いでいた。

 そしてその時、わたしは見た。そして、それを感じていた。

 わたしの蒼白いオーラと、短刀の紅いオーラが触れ合ったお臍を中心にして、虹色の細かい波動がわたしの身体の表面を走った。わたしが達するたびに、その波動は七色に変化して……、そして。

 そして、わたしが一際激しい絶頂に駆け上がった時、一瞬にして、対消滅のように、わたしと短刀のオーラは跡形もなく消え去っていたのだ。

 その瞬間に、わたしから遊離した視線は身体に戻って、そしてわたしは、鏡の中のオーラが消えた自分と、静かに向き合っていた……。

 その時のわたしは、性的なものではない絶頂感……、なんと言って良いのかわからないけど、自分には欠けるものなどなくて、完全な存在なんだ……というような至高の幸福感に包まれながら、鏡の中のわたしに微笑みかけていたのだ。

 これは一体、なに……? この心地よさは、なに……?

 お臍に深々と短刀を突っ込んだままの姿で、わたしは静かに、鏡に向き合っている。

 優しく微笑んだまま、鏡の中のわたしは、小さくウンッ、と気合いをかけて、お臍から短刀を抜き出した。途端に真っ赤な血潮があふれ出すと、膝前のシーツを紅い血が一筋、軽い音を立てて叩いた。流れ出たわたしの血は、下帯の前を紅に染め、重い音を立てて滴った。

 お臍から吹き出る血にもかまわず、鏡の中のわたしは、安らかな表情を崩さないまま、短刀の切っ先を検分している。青い刀身の先端、4センチくらいが、わたしの血と脂を浮かべている。予想していたより深く刺し込んでしまったみたい。でも、ぜんぜん痛くはなかった。わたしは、血を流しているお臍を誇るように、もう一度姿勢を正すと、お腹を鏡に向けて押し出していた。

 ……お臍の血は、止まりそうになかった。切っ先を臍窩の中心にあて、刃を下に向けて突っ込んだから、刃は、お臍の真ん中からお臍の下辺あたりまでのお肉を深く割いた。アルコールを浸したティッシュで傷口を拭き清め、お臍を横断する形で絆創膏を貼って、お臍を縦にきつく閉じたら、数分で出血は止んだようだった。ちょっと待ってから、抗生物質軟膏を薄く塗って、ガーゼを当てると、また絆創膏でお臍を縦に閉じた。

 短刀の切っ先をアルコールでよく拭った。松さんの台も汚してしまったけど、彼女はきっと、気にしないわ。

 手当と短刀の手入れを終えたわたしは、背筋を伸ばして、胡座の姿勢で鏡と向かい合っている。

 微かに微笑んだわたしは、どこかの国の女神のように神々しく見えた。これほど心が平静であることは、今までなかった。これほど身体にエネルギーが満ちている感覚も、初めてだった。性の衝動に突き動かされてのこれまでの切腹が、微笑ましい遊戯のように感じられてならなかった。理由はよくわからないけど、わたしはついに、一つレベルを上がったのだ、と思った。

 この体験の意味を知るためには、松さんの日記を読み進まなければならないだろう……と、わたしは静かに微笑みながら、一人頷いていた。