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第一六章 「松の日記 その六」

一月四日

 日中は社にての新しき札配り、夜は深夜に到るまで氏子衆への酒の供応などで正月三が日は慌ただしく、晦日のことを落ち着きて考える余裕などあるはずもなく。氏子衆の話題は専ら晦日の怪異のことなれど、口々に不思議じゃ、不思議じゃと繰り返すのみ、まさか吾が腹への浅ましい願いに関わることなどとも言えず、ただただ相づちを打つことしかできず。それも昨夜で終わり、本日からは社も閉め、普段の暮らしに戻れると朝より湯を使い一息つきおれば誰ぞ慌ただしく玄関の扉を叩くものあり。

 窓よりしばし待ち給えと声をかければ、待てませぬ、父さまが早う早うと仰るに、と答える甲高き声。庭の玉砂利を踏む音響けば総代の三男坊のイガクリ頭窓より覗く。一瞬眼が合えば三男忽ち赤面し、慌ててその場にしゃがみ込む。吾も硝子窓を音高く閉め、声を殺して用件は何ぞと訊ねるも、三男動転したか何も答えず。仕様なく、浴衣まといて表にまわり、こちらにと声をかければ伏し目のままおずおずと裏より回り来ぬ。

 三男うなだれしまま、唐突に差し出す手に破れた新聞あり。受け取れば県央で刷られし「**日々新報」、その一面に「戦勝の願いに神託」と大書され、「**の護国神社 巫女に戦勝の御徴下る」と添えられているを見る。慌てて本文記事読めば、晦日の怪異が大げさに書かれ、あの光は大陸にての戦勝の吉兆、吾は「神の光宿せし輝ける巫女」、「護国の巫女である」と。

 忽ち動転。あの夜、氏子衆の心この身に受け止め、常とは異なる昂ぶり示したは確かなことなれど、氏子衆の心は戦勝よりもただ身内の無事、縁者の無事を祈りしもの。吾もただ、皆々の心を糧に腹への想いを昂揚させておりしのみ。その吾が、戦勝の御徴宿せし巫女とは。

 思わずその場に立ち尽くせば、三男ようよう口を開き、朝より汽車にて人々大勢詰めかけ境内は人の波、皆口々に「巫女様は何処か」、「一目なりとも拝みたく」と騒ぎおり、新聞の記者も複数訪れ、吾に会わせよと総代に詰め寄りおり。父さまが急いでその子をして吾を呼びに使わせり、と。また続けて、神の御使いの巫女様の裸身を盗み見し吾は神罰受けるに相違なし、助け給えどうか許し給えと涙零して号泣す。

 為す術なく幼子の肩を抱きしまま玄関先に立ちおれば、彼方より下駄と草履の慌ただしき音近づき、村の若衆数人血相変えて走り来ぬ。吾が姿を見ると、昨夜まで吾が家にて浮かれ騒ぎおった若衆ら、途端にその場にかしこまって平伏し、「恐れながら巫女様に申し上げる。一時も早う社に来たりて皆々に姿を見せられよ」、と。何考える余裕もなきまま急いで髪乾かし装束まといて表に出れば、戸板担ぎし屈強な若衆吾を待ちおり、御輿のように社へと担がれて行きぬ。

 境内へと続く石段へと到れば、一段毎に見覚え無き人々鈴なりに押し合い、吾を見て歓声響かす。戸板担ぎし氏子衆、「戦勝の巫女様のお通りなり」、「早う道を空けい」と怒鳴りつつ人波を掻き分け、吾を社へと運びぬ。

 ようよう社の奥にいたり、あまりのことの次第に朦朧としつつ境内を見渡せば、数百の人々忽ちその場に平伏し、手を合わせて吾を拝みぬ。手帖携えし記者らしき紳士数人、神域へ進もうとして氏子衆に静止され果たせず、賽銭箱の前より口々に何か叫びおりしが、境内の喧噪に紛れて一言も聞き取ること能わず。

 その時、彼方より夥しき蹄の音と怒号聞こえ、多くの悲鳴上がりぬ。見れば、騎馬の巡査十数騎石段の人波を蹴散らしつつ現れ、境内の人ら逃げまどい、慌てて道を空けようとするも、そこかしこで折り重なって倒れる。騎馬の巡査ら、ようよう吾が前に皆々に面して並ぶと一斉に抜刀、群がる人々を押し戻す。一際金モールの多い巡査長大音声にて呼ばわるには、「ええい控えよ」、「恐れ多くも今の世の現人神様なるぞ」と。

 「神域にての抜刀とは何事か。どうかお控え下されお控え下され」とせまる氏子総代、巡査長に足蹴にされ仰向けに倒る。先ほどの三男坊慌てて父親にすがりつくも、いきり立つ馬の蹄にかかりきゃっと叫んで俯せに伏す。下馬せし巡査長、その二人を歯牙にもかけずに拝殿の下まで進み、サーベルの柄を口元まで挙げて敬礼し、脱帽して吾に面して曰く、「巫女様には畏れ多くも天皇陛下のお召しである、これより東都までの警護を仰せつけられしはわが身に余る光栄なり」、と。

 石段の下で待つ馬車まで巡査らに取り囲まれ皆々に拝まれつつ進みおる吾の背筋に、激しき悪寒走りぬ。かようにして罪無き人を傷つけ、人々の心を徒に動揺させたるは無論吾が本意にはあらず。これはただ、巫女の職を利し、氏子衆の想い弄びて浅ましき腹への想い増長させし報いに相違なし。