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第四章 「妹の手記 その二」

 
 そんなある日、姉が暇にまかせて家中を掃除をしている間に、わたしは近所の農家の無人販売所で買った野菜でお昼を作って、二人で質素なご飯を済ませてお茶を飲んでいると、姉が言いました。
 
 「さっき、神棚を拭いてたらさ、後ろの方から鍵が出てきたよ。」と、ジャージのポケットから出したのは、黒くて大きい昔風の鍵でした。
 
 「わたしたちって、もう、大人だよね?」と言ってその鍵をくるくると弄ぶ姉の顔には、何か、悪戯っ子のような笑みが浮かんでいました。この家に土蔵があるのは知っていて、でも、幼いわたしたちが見せてとせがんでも、祖母は良い顔をせずに、「ご先祖様の大切な品物が入っているから、勝手に入ったりすると罰があたるよ」と言って見せてはくれなかったのです。そう言われると、子供のことですからますます好奇心が募ってしまって、その後も何度か頼んでみたのですが、「じゃあ、二人が大人になってからね」とあしらわれて、結局は未だに、何が入っているのか知らなかったのでした。
 
 ちょうどその前の週、こんな暮らしじゃ気が滅入ってしまう……と姉とわたしの意見が一致して、なけなしの蓄えを崩してインターネットが使えるように電話の工事してもらっていたのですが、それでわたしが、「じゃ、何か売れるものが土蔵にあったら、ネットのオークションで売ったらいいんじゃない!」と言うと、姉はにっこりとうなずいて、これから二人で土蔵を探検してみよう、ということになったのでした。
 
 
 鍵を差し込むと、意外にあっけなく巨大な南京錠は外れ、ビックリするような音をたてて落ちてしまいました。厚さ三十センチ以上もある扉を二人で引き開けると、土蔵の中は真っ暗で、扉から射し込む光の中に、微かに段ボールや食器棚やタンス、長持ち、手文庫が雑然と積み重なっているのが見えました。その奥には二階へと続く階段があるようでした。入り口脇のスイッチを入れると、何カ所かにつるされた裸電球が点って、薄く埃が積もった室内がぼんやりと浮かび上がります。二人して靴下を脱いで、宝探しの始まりです。
 
 手前の段ボールには、黴臭い普段着が詰まっていて、それらはほとんどしわだらけで、数枚広げてみたら型遅れもいいところでしたから、売れないだろうなと諦めて次に進みます。食器棚には、漆器や古いお皿が積み重ねてあって、二人でその何枚かを手にとってしげしげと眺めてはみたものの、骨董の趣味のないわたしたちには、それが古伊万里であっても、普段使いのお皿と区別はつかなかったことでしょう。わたしたちが東京で使っていたお茶碗やお皿はほとんど処分してしまっていたので、何枚かお気に入りを取り出した後は、放っておくことになりました。
 
 でも、食器棚の脇に据えてある長持ちの中には、小さな桐の小箱が沢山入っていました。箱書きを見ると、それらは主にお茶の道具か花器の類で、それはもしかしたら売れるかもと思えました。それから全部で二十ほどもある手文庫の中には、和綴じの古書が沢山詰まっていて、これは、国文科の姉が後でゆっくりと調べることになりました。一階の他の段ボールは文学全集や本で、それも後回しです。
 

 奥の階段で二階に昇ると、今度は、いかにも古そうな桐の箪笥がいくつかと、漆を塗った長持ちが七つ八つ見えたのですが、その頃にはもう数時間が過ぎていて、一休みしよう、ということになりました。お茶を飲みながら明日からの作業を相談したのですが、まず、あの箱書きのある瀬戸物のリストを作り、その作家の名前をインターネットで調べ、最低価格を付けて早速オークションに出したら良い、ということになりました。ざっと見ただけでも百近い数があったようなので、一つ一万で売れたとしても、半年くらいは食べて行くことができそうに思えました。

 翌朝からリスト作りに取りかかったのですが、箱書きは大抵は達筆な筆書き、姉には読めましたがわたしはお手上げです。姉が、一つ一つ箱を取り出し、中を確かめ、ノートに記録している間、わたしも最初はしまうのを手伝ったりしていましたが、すぐに飽きてきて、姉の小言を背中で聞きながら二階を探検してみることにしたのでした。
 
 漆を塗った長持ちにはすべて、家紋が入っています。変わった家紋で、祖母のお葬式の時、その紋が入った提灯を見た覚えがあるのですが、何という紋であるのか、わたしには今もわかりません。○の中に十文字が描かれていて、その十文字の交点にも小さな○がある、というものですが、お葬式の時に遠縁の親戚の方から聞いたところでは、日本ではこの家しかないのでは、ということでした。それを教えてくれた祖母の従兄弟の方、その人も既に亡くなられているのですが、その方から聞いたところでは、母の実家の祖先は武士ではなかったものの、その地方一帯で最も大きな神社の血筋で、家紋の使用と帯刀を許されていたのだということでした。その後、母の実家は明治のはじめに分家されてこの隣町に移ったのですが、その後本家は血筋が絶えて、神社も廃れてしまい、本家に伝わってきたものはすべて母の実家におかれることになった……というのですが、この二階にしまわれているものがその本家にあった品物なのでしょう。
 
 階段の左脇に置いてある小振りの長持ちを開けてみると、中には、神社でよく観るような青銅色の円盤(ご神体でしょうか)、白い花立てなどが入っていました。やっぱり罰が当たりそうな感じがしたので、そっと蓋を閉めておきます。その隣の長持ちを開けると、きちんと畳んで薄い紙にしまわれた、白や水浅黄、紫の装束が入っていて、きっと、神主さんや巫女さんの装束なのでしょう。微かに樟脳の香りも残っていて、虫食いもないように見えました。
 
 そして、階段の反対側には、背の低い頑丈そうな箪笥があって、大げさなほど大きくて頑丈な鍵がかかっていました。箪笥の取っ手に通された鉄の棒には、見たことのない絵や字が書かれたお札のようなものが数カ所張ってありましたが、でもそれはもうボロボロで、辛うじて原形をとどめているような感じでした。それでもやはり気味が悪かったので、これは後回しにしようとしたのですけれど、ふと見ると、鍵自体は頑丈なものの、それを留めた金具が錆びて浮いていて、もう半分ほどは外れかかっているようでした。それで、試しに鍵を力を込めて引っ張ってみたら、箪笥に打ち込まれていた釘があっさりと抜けて、五段ある抽斗のそれぞれの取っ手に通っていた鉄の棒が外れてしまっていたのでした。