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第五章 「姉の手記から その一」

 

二月一二日 (木)

 大学も入試が始まるので今週から冬休み、ひさしぶりにのんびりしている−−−と言うよりも、大きな夢を失って虚脱している……とでも言うべきなのかなあ。

 朝ご飯の時、妹が、「数年ぶりに来週、友達と一週間スキーに行く!」と言っていた。大学のサークルの人たちと……という話だったけど、確か麗ちゃんはスキーは苦手というよりも嫌いだったはず。きっと、好きな男の子でもできたんじゃないかな。

 父も仕事の関係で、最近ではほとんど大阪の支社に泊まり込んでいて、家に帰っては来ない……ということは、するんだったら来週で、お手伝いさんが早く帰る水曜日の夜なんだけれど、やはり、「今更……」という気分になってしまう。でも、もう一度だけ試してみても良いかも知れない。

 父は今日も帰ってこなかった。あんまり会社の状態が良くないらしい。仕事のことは、家では全然言わないのだけど……。でも、今度帰ってきた時には、来週の予定を一応、それとなく聞いておかなくては。

 

二月十四日 (土)

 昨日チェックしておいた足りない小物を探して、渋谷のハンズを覗いたり。その後は、ぶらぶらと街で服なんか見て帰って、その後でお昼寝までしてしまった。夕ご飯の後も、DVDで映画を観たり、全然緊張感のない一日だった。やっぱり、すごくだらけてしまっている。

 なんだかもう、全然ドキドキしていない−−−きっとまた、真似事で終わってしまうことがわかっているからだろう。
 
 「わたしはいつか、腹を切る」……そんな運命をはっきりと自覚して、その確信に胸躍らせたあの日から、わたしはただ、いつの日か本当に……と、ただそれだけを願って生きてきた。それ以外のことなんて、どうでもよかった。勉強だって、趣味だって、本気になって打ち込んだことなんて、一度もない。朝目覚めたときから夜ベッドに入るまで、そして、夢の中でも、わたしは切腹のことだけを、ずっと考え続けてきたというのに。
 
 鏡の中のもうひとりの「わたし」に恋い焦がれて、憧れぬいて……。それと歩調を合わせるように日増しに強くなる切腹への衝動に戸惑って、悩み抜いて−−−そして結局、「なぜ」と自問することに疲れ果てて、そんな現実を受け容れて、そんなわたしであることに誇りにも似た想いを抱くようになってから、もう、何年になるだろう。
 
 「今年こそ、今年こそ……」と、その夢を形にすることにすべてを懸けて、ついに、心も身体も充分に昂ぶったと確信を持っていたのに、わたしは結局、し遂げることができなかった。
 
 去年の秋、思いあまって真剣を手に入れて、遺書まで認めて臨んだあの夜。
 
 半年も前から覚悟を決めて、その二週間以上も前から、耐えられないほど、恥ずかしいほど昂ぶっていたというのに−−−当日だって、もう、絶対にし遂げられると確信していたのに−−−そして、あれほどきれいな「わたし」は、それまで見たこともなかったというのに。
 
 それほど昂揚していたというのに、わたしは切っ先を、腹に深く入れることさえできなかった。
 
 あの時、切腹の直前、わたしは興奮のあまり下帯と白足袋だけの姿になってしまっていて−−−正座の姿勢から太腿を大きく開き、腰をもたげて胸を張り、誇らしげに押し出したお腹、右手の指先を軽く添えたその膨らみの裾野に細かく震える切っ先を向けて……。
 
 そして、両太腿にグッと力を込めると、上体をキッと反らしざま、躊躇うこともできないで、逆手に握った短刀を烈しく突っ込んだ。
 

 鏡の中の「わたし」のお腹が深くくぼみ、次の瞬間、白く光る短刀の刀身が巻き残した長さだけ、五センチくらいお肉に吸い込まれたのが見えた。

 その衝撃で乳房が小さく揺れて、張り切った身体の線は、痛みに抗うように肋骨を一際くっきりと浮かび上がらせていた。そして「わたし」は、そんな姿を鏡に見据えながら、目を輝かせ、唇を戦慄かせ、思わずにこりと微笑んでいて……。

 
 「きっと、切っ先は腸に触れているはず……」と、刀身の懐紙をずらし、更に一寸ほど刀身を現して、グッとお腹に引き寄せた。でも切っ先は、堅い何か−−−腹筋なのだろう−−−にあたって押し戻されて、それ以上は入らなかった。その拍子に、予想していたよりも烈しい勢いで刀身の裏を伝って熱い鮮血があふれて……。
 
 痛くなんてなかった。ただ、もの凄く気持ちよいだけだった。
 
 そんな美しい切腹の晴れ姿を鏡の中に確かめながら、感激に恍惚となりながら、でも、どうしてもわたしは、それ以上深く突っ込めなかった−−−そのままの深さで、お臍の下を引き回すことさえできなかった。
 

 下帯を浸して、内腿を伝って、下に敷いた白布に音を立てて滴る鮮血を見つめながら、数分の間躊躇った後で、わたしは片手を刀から離すと……

 

 これまでになく烈しく、でも、虚しく果ててしまったあの時、わたしは悲しくて、悲しくてどうしようもなくて、何時間もむせび泣いていた。ここまで燃えた心と身体でも、腹を切ることはできなかったなんて、どうしても信じたくなかった。
 
 わたしはあの時、気づいた……このままでは、決して切腹し遂げることはできない、って。わたしが今まで信じていた「わたし」への愛の強さ、それをいくら極めても、腹をし遂げることはできないだろう、って。
 
 命を懸けた確信に、わたしは裏切られてしまったのだ。
 
 あれから半年が過ぎて、わたしは今では、もしかしたらわたしを切腹へと向かわせるものは、「わたし」への性的な欲望ではないのかも知れない、って、思うようにもなった。もちろん、切腹と「わたし」とへ向けた欲望を切り離して考えるのは無理なのだけれど−−−鏡の中の「わたし」と向かい合っての手習いは、紛れもなく、ナルシスティックな性行為なのだから。でも、それはある意味、お腹への衝動を性の悦びで紛らわすことではないのだろうか……なぜって、どんなに性的に昂揚しても、本当に腹を切ることができないことを知ってしまったのだから……。
 
 わたしは、「手習い」という儀式の中で、切腹という行為を汚してしまっているのかも知れない−−−とさえ思うくらい、自分に自信が持てずにいる。
 

 では、わたしはどうしたら良いのだろう? それがもう不可能だとわかってしまったというのに、時と場所とを選ばずにわたしを襲うあの衝動は、一体何を意味しているのだろう。夜毎の淫夢の中で、わたしは躊躇いもせずに深々と腹を割き、凄まじい絶頂感のなかで血と腸の海へと突っ伏してゆく−−−もしかしたら切腹は、本当の切腹は、その夢の通りの行為なのかも知れない−−−そうであって欲しい−−−でも、今のわたしには、それを形にする力は備わっていない。ただ、その美しい夢に思い焦がれ、日々やせ細ってゆくばかり。

 わたしはなぜ、腹を切りたいのだろう。

 なんのために、わたしは腹を切るのだろう……。
 
 そして。 そして どうしたらわたしは、本当に、悦びのうちに割腹することができるのだろう……?
 
 それがわからない限り、もう、手習いはしない方が良いのかも知れない。今のままでは、絶対に切腹し遂げることなんてできないんだから。来週だって、そこに僅かでも良いから腹をし遂げる可能性がなかったら、装束や短刀、屏風なんかを揃えて、いくら舞台を整えてみても、ただのコスプレ遊びになってしまうだろう……。 
 
 明日は21時から、同期の女の子たちと赤坂のクラブ。夜遊びはあんまり好きではないけど、たまにはつき合わないと。それに、気晴らしには丁度良いのかも知れない。
 

二月十六日 (月)

 昨日は意外な収穫があった。クラブで少し踊り、すぐに飽きたので独りテーブルで休んでいると、クスリの売人に声をかけられてしまった! 

 友人達はホールの向こう側で踊っていたけど、怪しまれないようにとトイレの前に移動して、幻覚剤だという小さな紙片を十枚売ってもらった。手帖に挟んでハンドバッグに入れて、素知らぬ顔で席に戻って、終電の時間も近かったので友人にその旨告げてさっさと帰った。囮捜査だったらどうしよう……なんて、何度も何度も後ろを振り返りながら−−−家に着いたら、冷や汗でシャツが気持ち悪いほどだった。

 自室に戻ってから、ネットで色々と調べてみた。もちろん危険な薬物で、一回使っただけで悟りを開いたり(どういう意味?)、時には、精神に異常を来す恐れもある……らしい。空想と現実の区別ができなくなるから、鳥になったと思いこんで窓から飛び出したりすることもあるって……。それに、媚薬の一種でもある−−−性的に極限まで昂揚してしまう−−−らしいのだけれど。

 つまり、もしかしたら本当に腹を切ってしまうかも……ということなのだろうか? 

 普通の人なら、怖くて使うことなんてできないだろう。でもわたしは、踏みとどまれない−−−クスリに頼ってまでして腹を切るのは、きっと「卑怯」なことなのかも知れない。でももし、それで切腹できるとしたら−−−少なくともこれまで以上に切腹に陶酔できるなら、わたしはやはり、我慢することはできない。

 やっと、わくわくしてきた。水曜日が待ちきれないくらい。わたしはやっぱり、どうしようもない馬鹿な子みたい……。

二月十七日 (火)

 もしこのクスリが本物なら。本当の幻覚剤だったら、どうしよう。どうなるだろう……? やはり、少し怖いかも知れない……。でも、期待に胸を高鳴らせ、頬を赤らめているわたしが、ここにいる。

 もし、そのクスリが期待通りのもので、これまでわたしに欠けていた何かを、そのクスリが与えてくれるとしたら。

 わたしが極限まで昂ぶって、死への恐れも忘れ去り、切腹への衝動を素直に形にできるとしたら……?

 ああもう、明日まで我慢できないほどドキドキしている。これほど興奮できていたら、明日はクスリなんていらないくらい。

 切腹直前の、この背筋が寒くなるような興奮を、あの作家も味わったのだろうか……? そして、その向こうに、あの人は何を見出したのだろう……?   

 明日はやはり、本物の短刀ではなく、お芝居用の刀を用意する方が「安全」なのだろう……。でもきっと、それでは燃えない。切腹は生命を賭けて臨むもの。そうでなかったら、あの感覚は味わえないはずだから。
 
 ……だめ。今からこんなに興奮していたら、絶対におかしくなってしまう。今日はもう、お酒を飲んで寝よう。