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第六章 「妹の手記 その三」

 
 
 古くなっていたのでしょう、強く引っ張っただけで簡単に毀れてしまった箪笥を前にして、「きっと、こんなに頑丈に鍵がしてあったのだから値打ちものに違いない……」とほくそ笑みつつ、一番上の抽斗を開けました。でも、その段には、わたしには読む気にもならないような達筆で題名が書かれた和書がぎっしりと詰まっているだけでした。ため息をついて二段目を開けると、そこには……。
 
 「姉さん、姉さん!」と呼ぶ声に答えて、姉がとんとんと足音をたてながら階段を昇って来ます。
 
 「なによ、遊んでばかりいて。ネズミでも出たの?」
 「ほら、見てよ!」
 「あ、日本刀だ。」
 
 そこには、紫色の小さな布団の上に、金襴緞子の袋に入った細長いものが丁寧におかれていました。長さは四十センチほど、手に取ってみるとずっしりと重くて、きっと本物なんだろうなとは思いましたが、なんだか怖いような気がして、すぐに姉に渡してしまいました。
 
 受け取った姉が手慣れた様子で縛ってあった紐をすっとほどくと、木の鞘が現れました。袋から取り出すと、時代のせいでしょうか、白木の鞘が飴色に変色していて、その表面に何か小さな文字が書いてあるのが見えました。
 
 姉はかなりな近視なのですが、埃を嫌ってコンタクト・レンズをはずしていましたから、顔を寄せるようにしてその字を読んでいました。「これ、女の人の人の名前ね。嫁入り用の懐剣かな、でも、それにしては少し長いけど……。えーと、七人か。それに時代も書いてある……。最初が永禄四年で、千代女十八……。室町末期の人ね。最後が明治三十六年、松女で二十一。なんだろう、これ……?」
 
 合点のゆかない表情のまま、姉は慎重に、クンと小さな音を立てて鯉口を切ると、そっと鞘から刀身を抜き出します。ギラギラするような刃が出てくると思って身構えてしまったわたしですが、目の前に現れたそれは、長さ三十センチほど、幅が広くて少し反った形の刀でしたが、地肌は曇ったような感じで所々に薄い錆も浮かべていて、ちょっと拍子抜けしてしまったのを覚えています。
 
 姉は、じっとその刀を見つめ、天井の裸電球に向けて反射を見ているようでしたが、長い髪をまとめていたヘアピンを一本抜き出すと、柄のところに押し当てて短い木の釘をはずし、右手にぎゅっと柄を握り、その手首のところを左手で何度も叩くようにしていました。すると、微かにカチャンという音と共に柄から刀が離れ、姉は、刀の付け根のところの金具を指先で持つと、そっと柄から刀を抜き取ったのでした。
 
 「与三左衛門尉祐定、か……。」
 

 姉はしばらくその短刀を眺めていましたが、やがて元通りに丁寧にしまうと、一番上の抽斗を開けて古書をのぞき込み、一冊取り上げてぱらぱらとめくると、グッと顔を近づけて少しの間見入っていましたが、やがてその本を仕舞うと、今度は三段目の抽斗を開けました。そこには、神棚にあるような三宝が一つと、透明なニスを塗ったような小さな木の台が入っていましたが、所々に赤黒い染みが飛び散っていて、少し汚い感じがするものでした。四段目には変色した絹の包みがいくつかと、黒光りする短い棒や板が何枚か、封をされた小さな壺が一つ、そして、白磁の香炉がきちんとしまわれていているのが見えました。そして最後の五段目には、先ほどの長持ちで見たような、熨斗に入った衣装が詰まっていて、でも今度は、樟脳だけではなく、微かな香の匂いが立ち上ってきたのでした。姉は少しの間、なんだか背を強張らせたような感じで身動きもせずにその場に立ちつくしていましたが、やがて、何事もなかったかのようにわたしの方を振り返ってこう言いました。

 「これはきっと、この家に大昔から伝わっている神事のための大切な品だと思う。よく調べないと、何か障りがあるかも知れないから、麗ちゃんは触らない方がいいわ……。」

 そして、わたしの背を押すようにして、階段を降りると土蔵を後にしたのでした。