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第七章 「姉の日記 その二」

 
 

二月一九日 (木)

 レースのカーテンから漏れる日差しに目を開けると、自分の部屋のベッドで毛布にくるまっていた。

 少し寝過ごしたみたいで、もう、お日様はお昼に近い感じだった。ベッドの上に起きあがって、大きく伸びをして−−−その時、昨夜が「あの日」だったことに突然気づいて、あくびをしかけた顎が外れそうになった。

 昨夜のことは、ほとんど何も覚えていない。お手伝いさんに「今日はお昼でお終いでいいから」と言って、それから準備を始めたんだっけ……。そして、六時頃からお風呂を使って、いつもより丁寧にお化粧して、ワクワクしながら席に着いたのが八時半。ビデオを廻して、それからあの紙片を舌下に含んで……。

 それから? わたしはどうしたの?

  「もしかして……?」と、跳ね起きてお腹を見ても無傷だった……としたら、一体何をしたのだろう……? まさか、何もしなかったとか? 時計を見たら一二時前で、お手伝いさんがもう来ている時間。慌てて着替えると、足音を忍ばせて一階の座敷に急いだ。片付けていなかったら、ばれてしまう!

 手習いの席は跡形もなかった。わたしの部屋から降ろしてきた屏風や姿見は、そう言えば元に戻っていた−−−でも、微かに香の匂いが残っているから、一応始めてはいたのだろう……。

 自室に戻って、枕元のテーブルの上にDVの小さなテープが五本、きちんと重ねて置いてあるのを見つけた。その時インタフォンでお昼だと呼ばれたので食堂に入った。お手伝いの菅井さんは、いつもと変わりない感じで……でも何かの拍子に、割烹着から覗く着物がちらちら光るような感じがして、ラメ入りの和服なんて歳の割に悪趣味……と思ってまじまじと見たけど、どうやら見間違いらしかった。手習いの時は強いライトを何時間も浴びているから、目が疲れたのかも知れない、とその時は思った。

 自室に戻って、ビデオを見た。

 最初のテープは、わたしが裃姿で端座して(脚が痺れるから、小さな手習い用の台を腰の下に敷いて)、カメラへリモコンを向けた場面から始まっていた。丁寧にお化粧した顔が、やっぱり上気していて−−−昨夜はかなり昂揚していて、所作にも気合いが入っているのがわかる。背後には金屏風、その前に畳二枚が白布で巻かれて敷かれて、わたしの前には短刀を載せた三宝と香炉が見えている。

 わたしは、膝前の三宝の上の杯から湿した人差し指で例の紙片をすくい上げて、ぺろっと舌を出すとそれを舐めとっていた。右下のデータを見ると、夜の八時三五分−−−ここまでは全部、覚えてる。わたしは、首を捻りながら、じっとモニタを見続けていた。

 画面の中のわたしはしばらくの間、効いてくるのを待っているのだろうか、首を傾げたり、キョロキョロと回りを見渡したり、髪を掌で整えたりと落ち着かない。手習いの時だけ吸う煙草も、三本ほど。でも、始めてから三〇分くらい過ぎた頃、わたしは「エッ」という感じで目を見開いて、パッと微笑むと、ゆっくりと姿勢を正して背筋を伸ばして首をもたげ、両手は太腿の上に据えたまま、すっと目を閉じた。

 そして……、そのテープの最後まで、わたしは身動き一つせず、瞑目して座ったままだったのだ。 

 次のテープもそう。テープを入れ替えるために席を立ったから、少しだけ袴の皺が変わっていたけど、わたしはまた一時間、微かに微笑んだまま、じっと座って目を閉じているだけ。でも、途中で早送りにしてテープの終わりまで見ている途中で、わたしのまわりに、何かちらちらする光が−−−ビデオのノイズのように−−−見えるのに気づいた。それはやがて、薄く光る青白い靄のようになっていて、気になって巻き戻しして見たけど、やっぱり何かが微かに揺らめいてる。

 三本目のテープも、四本目のテープもそう。身動き一つしないわたしの身体のまわりに、徐々にくっきりと、青白い炎のようなものが現れて、ゆらゆらと揺れて、四本目のテープの終わりの頃になると、それは、上へと向かって立ちのぼっているように見えるくらいにはっきりとしたものになっていた。

 そして五本目。揺れる蒼い炎に包まれたわたしは、ようやく目を開くと、白い歯を見せてはっきりと微笑んで、三つ指ついて頭を垂れ、姿勢を正して一息つくと裃を後ろにはね除け、袴をゆるめて押し下げて、両手を懐に入れると、パッと両肌脱ぎになっていた。そして、それから両腿を大きく開き、袴の前に両手の親指を差し込んで、反り身になってグッと押し下げ、お臍と下腹を出したとき−−−わたしの肌は、ほとんどまぶしいほどの光を放っていた。

 そのわたしは、両手でお腹や乳房を幾度か撫でると、三宝の上の短刀に手を伸ばすこともせず、素手で切腹の型を演じた。

 その時にはもう、画面は光の洪水のようになっていて、わたしが素手で、臍下を一文字に引き回し、そして、鳩尾から臍下まで切り下げる身振りをした時には、眩しくてほとんど何も判別できない程だった……。

 そして、その光の洪水のような画面の奥から、「アアッ……!」というわたしの恥ずかしい叫びが響いたその一瞬後、モニタの画面はフラッシュのような光を放ち、そして、それを境に徐々に光が薄れた後には、両腕を前に投げ出してくったりと前に伏したわたしが映っていたのだった。
 
 これは一体、なに……?
 

 長い間画面に見入っていたわたしは、混乱する頭を冷やそうと洗面所に向かった。そして、その鏡の中に見たものは−−−モニタの中と同じように、うっすらと青白い炎をなびかせている、わたしの姿だった。