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第八章 「松の日記 その三」  

 
十二月八日 雨
 常の如くに祐定を膝前に腹を手習う際、腹切る衝動抑え難く高まり、ついに短刀を取り上げて腹に凝らす。必死に心身なだめるも甲斐なく吾が血を見ぬうちは収まらずと悟りしが、腹に新しき傷作るはさすがに躊躇われ、咄嗟に切っ先を臍の奥にあてがう。胸反らし、腹押し出しつつ諸手に握りし祐定、手加減を加えつつ引き寄せる。軽き音聞こえ、臍奥の肉割きつつ冷たき鋼埋まる感触に慌てて視線下げれば、五分ほど肉に切っ先埋まりおり。思わず青ざむるも臍から乳首、姫処に電気の如きもの走り、反り返りて痙攣し不覚にも烈しく達す。
 忘我のうちに臍から切っ先抜き去れば、泉の如く静かに鮮血流れ出で畳に跳ね、膝前の三宝にまで点々とかかる。切っ先腸を破るか、あるいは菌に感染してあればすなわちこのまま割腹し遂げる他なし。かねてより覚悟はあれど、遺書も未だ認めずしての腹はさすがに逡巡さる。呆然とするも出血数分で止み、未だ痛みを覚えず。台所まで蹌踉めき歩きて焼酎にて消毒、懐紙臍窩に押し入れ明け方まで寝床にて痛みの来るを待ちたれど幸いにして変わりなし。そのまま疲労を覚えて、化粧も落とさぬまま何時しか寝入る。
 
十二月九日 曇
 臍を真上から押しても痛みなし。然れども脇壺より臍に向けて肉押すときには疼痛あり。起きあがりて鏡に吾が腹映せば臍の周囲赤黒く内出血し、腹に力込めれば乳首並びに姫処にも不快な痛み走りおり。大事をとって終日寝床に暮らす。臍よりの出血なし。焼酎に浸しし布数度交換す。
 
十二月十二日 晴
 淫夢にうなされ浅く微睡みしのみ。臍の奥は肉薄く、直に腸に接するとかねて聞き知りたるが、かようにも容易に突き入れられるとは。かようにも痛みなきとは。五分も突き入れなば切っ先恐らく腸に触りおるはず。それがあの絶頂とは、松の臍と腸はそれ程に感じ易きか。
 午後久しぶりに入浴。臍も既に痛まず、手ぬぐいにて奥まで拭えど血も見えず。しかしひょんな折に疼痛を覚える為、大事をとり午後も横臥して過ごす。
 それにつけても、今まで臍の快感を知らずとはまさしく臍を噛む思い。腹は十文字と思い定めておりしが再考を要すように思う。
 
一二月一三日 曇
 祐定を据えての手習いは余りに危険と、短き木刀のみで執り行う。下腹大きく引き回し、取り直したる刀を臍に入れるのみにて面白いように軽々と達す。飽きず何度も試みる。座敷冷え込みおりしが、汗にまみれて習ううち昼になり、ついに自失して止む。
 松の腹はまず一文字、次いで刀を臍窩に深く呑ませて頂に登り、余力あれば股まで押し降ろす型にせん、と心に定める。
 午後、思いついて駅に向かい、汽車にて街に出て白絹の反物二反、薄桃色のメリヤス二反、羽二重二反、白足袋、男物の白袴を購う。午後からは白の大振袖仕立て始めるが、深夜を迎えて中断す。
 
一二月一四日 雪
 朝より仕立てを続ける。夕刻になりさすがに飽いて、土蔵にて屏風を探す。水墨画や書の屏風は納戸に数枚あり、試しに座敷に据え見るも相応しからず。金銀の屏風土蔵にあり。凶事には本来白屏風と言うが、松の腹は切腹本願の末のこと、金屏風こそ相応しきと決め座敷に移す。夜にかけ手習い。
 明日、街に芝居の一座来るとの触れ届きおり、年末とて演目は假名手本忠臣蔵とか。判官切腹の場、吾が腹の参考となるか。
 
一二月一五日 曇後雪
 昼より汽車にて街に向かい、用足しの後に夕刻より芝居小屋へ。判官白装束に浅葱の裃なるが、襦袢が赤きは如何なものかと。過日呉服屋にて白無垢をと訊ねし折裏地は赤が宜しかろうと言われ怪訝に思いしが、初夜の血を想い定めてのものか。であれば切腹の折の裏地赤なるも同じ理由かと今にして思う。吾が振袖は裏地薄桃色なるが、いずれにしても吾が最期は白き下帯のみにての割腹にて、装束の裏地は別に問わず。
 帰途参道に金魚掬いあるを見つけ、汽車の刻限まで興じて時間を潰す。赤き出眼金二つ手に提げて家に帰りて手桶に移し就寝す。
 
一二月一六日 雪
 金魚を物置より探し出たるガラスの器に移す。米粒更に小さく砕きて餌とする。愛おしく思い見つめる。
 夕刻、吾が死に装束縫い上がる。その姿にて鏡の前に端座する吾の美しさと勇ましさに息を呑む。思わず厳粛な心持ちとなり、切腹の型を演じる。
 そのようにして死を見据えつつ腹手習う時、親しき友達親類縁者、愛しき金魚の面影吾が脳裏に浮かぶことなし。そは吾が腹狂いの証なりか。