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第二回

 

 

 切腹を取り扱った小説を読んだり、映画やTVを観たりする時に一番感激するのは、やっぱり、介錯の有無を問わず、大網膜や小腸が出てしまうほどに深く臍下を引き回したり、あるいは、それに加えて十文字……、といったシーンです(わたしだけでしょうか)。 

 でも最近気になっているのは、「一文字に割腹して腹直筋が切断されると、背筋とのバランスが崩れて仰向けに倒れてしまう」という説です。わたしは医学や解剖学等々を学んだことはありませんが、なかなか説得力があります。確かに、「臍下を深々と割いた後、刀を取り直すと鳩尾に短刀を突っ込み、腰を浮かせて伸び上がるようにして縦に切り下ろし……」などという描写を良く小説などで拝見しますが、ちょっと無理なような気もしてきました。予定が狂ってしまいます(爆笑)。  

  昔の切腹の描写に、「三宝を腰の下に敷き(底が前を向くようにして敷くと、上体は前傾します)、その上で「脱いだ白装束の袖を交差させて膝下に折り敷き……」という行が出てきます。お腹を切った時に後ろに仰け反り倒れるのを防ぐため……、という解説があったように記憶していますが、実際に袴を低く押し下げて、襦袢の上にまとった白装束を脱いで、少し上体を前に傾けてからその袖(振袖でも小袖でも)をそのようにすると、袴の腰板と帯で腰がしっかりホールドされる上に、背を反らしても仰け反り倒れてしまうようなことはないような「感じ」はします。でも、途中で姿勢が崩れて、膝下から袖が逃げたりしたら困りますね。それに、わたしには腹筋を大きく切断した経験もありませんから、この説が実証されたわけではありません。
 
 『憂国』の主人公は原作で、床の間の柱を背にして割腹していますが、それもそのような醜態を晒さないように、という配慮からなのでしょうか。また、信頼度は低い文献のようですが、先の大戦の末期に自決した人の中には、乳房の下のところを背後の柱に細い帯で結わえて切腹した人もいたそうです。これは、仰け反り防止というだけではなくて、割腹した後で上体がうつぶせたりしないように、ということのようです。
 
 もちろん、実際に試してみました(笑)。

 まずは、柱を背にして……。柱の面を腰から背中に密着させようとすると、中途半端に上体が前傾して、しかもお腹に力が入らないので、あまり具合が良くありません。脊柱というものは、直立している時でも湾曲しているのですから当たり前ですよね。しかも、三宝を腰の下に敷くスペースがとれませんし、柱の左右に壁があると、つま先が壁にあたってしまって切腹の姿勢をとることさえできません。でも、背を反らした時、肩のあたりが柱に触れるくらいの距離だったら大丈夫です。なるほど。でも背中に柱があったら、屏風を設えることもできませんね。  

 次は、柱に自分の上体を縛り付けてみました。上で書いたような姿勢から、乳房の下を柱に縛って……うん、なかなか安定感がありそうです。でも……、惜しいことに、ほとんど身体を前に傾けることができないので、三宝の上の短刀に手が届きません(爆笑)!
 
 と言うわけで、袴や裃を用意する余裕があるなら、一番最初に書いた「膝下に袖」が一番効果がありそうです。でも、そんな余裕がなかったり、あるいは、軍服のような洋装で果てるのが夢の人はどうしたら良いのでしょう。
 
 身体の重心や股関節の構造が、男性と女性の場合異なっているという記事を、以前読んだことがあります。女性の場合、太腿を大きく開いて上体をうつぶせた時、乳房が床に着くまで前傾しても腰が浮くことがないのに比べて、男性がそうすると腰が浮いてしまう(前に倒れてしまう)……といった内容だったと思います。そのことから考えると、男性の場合はまた違うのでしょうけれども、女性の場合は、お尻の下に三宝などの台を据え、太腿を開いて上体をかなり前傾させても身体のバランスは崩れないでしょうし、そのままの姿勢で大きく肩を後ろにひいて反り返ることでお腹を緊張させて切腹することが可能のように思います。引き回すときには、短刀の茎先で床に敷かれた白布を擦る感じになってしまいますけれど、深く腹を割いても後ろに反り返って倒れるようなことはきっとないでしょう。
 
 でも、そのような姿勢では正十文字の割腹は難しいでしょうから、左まで引き回したら(わたしは左利きなので)、そこで刃の向きを変え、短刀を握った左のこぶしの下に右の手首を入れて、少し仰け反りざまに腕の力で一気に肋骨まで切り上げる−−−という形になるのではないでしょうか。でも、鏡の中に自らのお腹の様子を確かめることができなくなってしまうのがやはり残念です。
 
 やはりわたしとしては「袴+膝下に袖」が良いように思いますが、皆さんはいかがですか?
 
 蛇足。また別の説では、「腹膜まで切先を突っ込むと、激痛による反射で、座った姿勢の人は膝を伸ばして立ち上がろうとする。三島の介錯が失敗して、肩に切り込んでしまったのもそのため」というものがあります。それは嘘です(笑)。数回ですが腹膜より深く切先が入ってしまったことがありますけれども、別に立ち上がりたいなんて思いませんでした(あはは……)
 

 
 こんにちは、利香です。この欄の更新が一年ぶりになってしまってすみません。昨年度はすごく忙しくて、ぜんぜん精神的な余裕がありませんでした。暇を見つけてはネットで古い雑誌、ビデオやDVDを買ったりはしていましたが、モチベーションの低下は否定できなかったりして(?)。でも今年こそは、公私ともに充実させたいと思っています。